人とお金に怯える理由
今年の目標は仕事から一旦離れた、自分の哲学を見直す一年になりそう。
どうにもこうにも、実際には不景気でなくても(外需産業を除く)、
みんなが不景気な気持ちで居るのもあるし、
でもそれよりも自分としては、自分が人を怖がっているのに驚いてる。
俺の場合とか、親は世界からみたら良い部類にはなるかもしれないけれども、
アルコール依存症で時たま理解不能な会話で苦しめられたこともあり、
その上浪費癖があるので決して裕福な生活とも言えなかった。
そんなこんなで、確かに「わけのわからない」会話にも
ついていかないと相手が嫌な思いをする、そしてそれは自分のせいだ、
相手に合わせなきゃ、という多少誤った論理を信じてびくびくしたり、
親のそんなところは本当に嫌いです、という感情があって、それがばれると、
「親を敬え」という趣旨で周囲の人間が攻撃してくる(ように感じる)ので、
その「嫌い」な感情そのものがばれることにもおびえていたりする。
本当に正しいのは、相手が嫌な思いをするのは自分のせいではなく、
相手も自分も決して良くはないし、でも自分の嫌な気持ちを殺す必要は無い、
自分を責めるなんてもってのほか、ということまではわかってる。
でも、それじゃあどうすればいいの?まず、どういう状態を自分は望んでるの?
どういう状態に持っていくのが正しいの?
自分の中にマニュアルが無いから、そして論理的に上のレベルでそれを眺めたところで、
どういったレベルの話とイコールで考えて答えが出るかを理解していないから、
その辺りを自分で納得が行くように勉強したい。
そうした、人とのコミュニケーションというか、人に対する自分の考えを改めると同時に、
社会におけるお金という最重要要素に対する自分のおびえを失くしていきたいのもあり、
世界の経済的な仕組みとお金の仕組みをきちんと理解していきたいと考えている。
お金が結局中央銀行から発行されてる不換紙幣だと聞くが、
それがどうしてここまで価値を帯びたものであるのか、ということに対する
本質的な理解はまだしていないまま。ドルがなぜ基軸通貨で、
今はなぜ日本だけが世界に対してそこまで影響を受けていないのか、
なども勉強していきたいと考えている。
実際に人間ってわからないものには恐怖を抱きやすい。
わかっていれば恐怖は少ない。完全にわかるものなんてないかもしれない、
だけれども、自分が安心できるレベルまで知っていると思えるようになれば、
それは恐怖がなくなるということだから、世界が広がると思っている。
最終的な目標としては、
・初対面でも自分は安心して受け入れられるという自信
・自分にとって楽に人と接して、かつ人に受け入れられる反応の作成
・経済の本質を読み解くためのマクロ経済とミクロ経済の知識、会計知識
上記3点といったところでしょうか?
仕事は相変わらず1日15時間の異常な忙しさだけど、がんばります。
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