風邪と読書(望みを見つける)
久しぶりです、らいむです。
本当のイケメンとはどういうものか、少しだけ見えてきた。
それは、マスコミなどで報道されているそれとは違う。
近いうちに、抽象的ではなく具体的に伝えていければと思っている。
それは、フェミニズムとも混ざるような、それでいて対極も包み込むものだ。
そしてそれはすなわち、来年3月まではブログを続けるという宣言でもある。
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始めて来てくださった読者の方のために、前回までのこのシリーズの流れを二文で説明します。
最近、引き寄せの法則が流行っていたが、「自分に向き合ってない」人が多いという理由により、もっと大切なことがあると説いた。その3つの大切な問題の2つ目が、非常に説明の難しいものだったため、今まで更新が遅れていた。
結局1ヶ月も間が空いた。申し訳ない。
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今日は2番の問題の概要を書いていきたいと思っている。
2.自分の望むものがわかってるか。
前回の問題定義から1ヶ月経った。自分のゴミある程度片付けることが出来ただろうか?
まだやっていない?ペンと紙の素晴らしさはいつでもあなたを待っている。
頭脳の果てにおいても、こころのライティングにおいても、書くことの重要性は計り知れないものと紹介されている。
こころのライティングに至っては・・・責任の無い発言をしてしまうが、売れてないので絶版になる恐れもある。一読は強くオススメする。立ち読みでも。
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ごみが片付く、すなわち無駄な思い込みから少しでも離れることが出来たとき、実は自然に見えてくるのが、自分の望み。
ただし、1に関連することが一つある。マンガのBバージンの作者、山田玲司氏が出した新書、非属の才能にも主張されていることだが、学校という制度を通じて育った俺たちは、他人に半強制的に同調するという(俺はそれは作者と違いごみにも花にもなると考えている)、いわば癖を付けてきた。
他人の気持ちになって考えるのと、他人と同じになることは全く持って違う。
他人と同じになるということは、他人と同じ尺度で物事を見るということ。
そしてその尺度で見た望みが、果たしてどの程度本当の自分の望みと合致しているか。
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そうした尺度で見た望みと、自分の本当の望みと一致することもあるが、単なる幻想なのかもしれない。
それを見極める方法は、意外にもこの質問を繰り返せばわかる。
「この望みが叶ったら、俺は何を望むんだろう」
その質問の出口は必ずある。出口から見て、本当に自分が望んでいることは、出口にたどり着くのか、見直すことも出来るし、そのままにすることも出来る。
これはコア・トランスフォーメーションのテクニックの一部。望んでいると思うものが、本当は何を望んでいるかを知ることが出来る。
ちなみに、コア・トランスフォーメーション自身の内容が紹介されているブログはこことかここかな・・・もっとありそうだけれども。
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そして、もう一つ便利な使い方がある。それは、違和感。
「俺はこれを望んでいる」と思ったときに、じっくりと吟味すると違和感を感じることはよくある。
その違和感は、いったい何を望んでいるのかを知るにも、コアトランスフォーメーションは有益だ。
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そして、望みを知っていって気付くことがある。人は成りたい自分になることが出来る。
自分の信じる信念を、自分で選ぶことが出来る。
さらに、信じたものが正しいかどうかを、自分の望みと照らし合わせることで感じ取ることが出来る。
自分の信じているものにしたがって生きれば、それは当然成りたい自分だ。
そして、信じているものから望みを得るためのモチベーションも自然と沸いてくる。
信じているものに従っている限り、そうした自分自身に対しても自信が付く。
素晴らしいことばかりだ。
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どうだろうか?
やりたい、という望みが出ただろうか?
だとしたら、手始めに、それをやり終えた状態になったら何を望むかを考えてみたらいかがだろうか?
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最後は、どう思考するのが良いか?だ。
それは比較的説明しやすい。ロジックの重要性を非常に感じる。
それは2008年に入ってから書こうかと思う。
みなさん、良いお年を!
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